• 2011年7月、友人の結婚式のため旭川にいた。職員からメールが入る。「レイコさんが逝かれました。」創業から2年を過ぎて、職員の計らいもあり、久しぶりの休暇中の出来事だった。出発の朝、事業所へ顔を出した。皆に挨拶しているとレイコさんだけ不機嫌な顔をされていた。手招きして、私が休暇を取ることに苦情を述べていたと記憶している。ご病気の進行により体調はベストではなかった。ご家族も海外、介護士をとても頼りにしてくださっていた。出会いは創業前に遡る。アメリカで作家活動をされていたこともあって、活動的な要介護者であった。介護サービスの合間を惜しみ、読書、パソコンに向って原稿を打つ、自宅でも同じく、ヘルパーさん方の手を借りて創作活動を継続していた。縁があって「ゆたかなビレッジ」に関わることになった。私に会って一言「一国一城の主ね」恥ずかしいが、ありがたいとも思った。とにかくスタッフ全員にニックネームを名付けることを楽しんでいた。そのニックネームは芸術的、その人にピッタリとした名前を付ける。「道頓堀花子さん」「椿直子さん」「沈黙の巨人さん」ジョークもスパイスが効いている。上手にお相手しないと叱られてしまう。いつも元気をいただいていた。夢はノーベル賞作家になること。私が、横浜のホテルで受賞祝賀会を主催することも約束していた。自身の可能性をあきらめてはいなかった。関わる介護士もエネルギーに引っ張られ、様々な経験をした。私も創業前、周囲の人からは事業運営の不安、継続の難しさ、失敗したエピソードを語る人が多くいた。私のことを心配しての事であると察していた。正直落ち込んだ。ただ一人、レイコさんだけは「一国一城の主になりなさい」と励ましてくれたことを思い出す。何とも心強く、自身も希望を持てたことを今でもありがたく思う。春先、ソワソワして送迎車を待つ、車椅子に乗っている姿をふと思い出す日がある。自分が、未だ未熟な一城の主であることを詫びて、また希望をもって進むことを誓うのみである。

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