末岡日記

株式会社ゆたかなビレッジを運営する、
末岡正博の日々を綴る日記です。

  • 44歳を終える。 2016.08.28更新

    最終日、雨。

    とにかく生きていることをありがたく思いたい。

    大切にすることがはっきりとして、曖昧であった自身の心が定まった様だ。


    人との関わりを一味加えて、面白い45歳になります。

  • 初めて会う時 2016.08.14更新

    初めて会う時のことを覚えている。

    ゆたかなビレッジスタッフ全員記憶している。

    関わる人全て、少し時間もらえば思い出す。

    皆さんもそうだろうと思いますが

    初回とは鮮明で、刺激的であり、いつまでも残すことのできるものでしょう。

    初回を忘れない様に、その人と会う時はファーストタイムを思い出す様にする。

    自身が乱雑な心、言葉になってはないか?確認しながら会う。

    また会う時を鮮明に記憶しておきたい。

    ただ思いはあるが無理な技だ。

    また、初回と初心よく似ている。

    初心を忘れてはならないと

    世阿弥が、芸を伝える上で弟子に言ったとある。

    初心の意味は随分違っていて、興味ある方は是非連絡下さい。お知らせいたしますが、その場で、人と新しい気持ちで関わることだと私は感じている。

    初めて会う時のワクワク感、期待感、ドキドキ感をもって毎回会う。

    少し意識することにしよう。

    初デート感に似ているのだろう。

    こちらの思いは隠していますのでご安心を

  • 雨宿りして 2016.08.08更新

    近頃の雨は降り方が身の危険を感じる。

    雨宿りしているのも不安になってくる。

    日々の生活に於いても、シトシト降る雨、どしゃ降りとなる雨の様な事柄に出会うこともある。

    雨宿りできない時もあり、傘をさしてくれる人もあり、一緒にどしゃ降りに打たれる人もあり、天気と同じく移り行く。

    三か月ぶりに休暇をとらせてもらい、雨宿りして、また雨の日を迎える準備をしょう。

    次の雨は何時か?予報はないが、傘をさしてくれる人だらけになった。

    今度は私も傘を持とう。

    みなさんのためにも

  • 夏の空気になる 2016.07.14更新

    朝の空気が昨日とは違っていた。

    どこか緊張感が緩和されるようだった。

    夏とは張りつめた筋肉の緊張を柔らかくするのだろうか。

    とにかく昨日とは違う空気を吸い込む。

    毎日、与えていただいた役割を果たすことだけを目的とした。

    たくさんの人が通り過ぎた。

    心で静かに詫び、また新しく出会う人へ、そっとお礼を伝える。

    この繰り返しだろうか。

  • 7年 2016.07.01更新

    越前吹き流しコンテストの締め切り日が間近になる。7月1日には、ゆたかなビレッジ7周年となる。この7年は自身の血圧の変動と同じく、動きの幅がある日々を過ごしたと振り返る。そしてまた、立ち止まることを許されないことがよくあった。その度に自分の胸にしまい込み、二度と出すことはない出来事が多少あった。「ブレる」という言葉が流行った頃からよくブレていたし、判断を間違えることも多少あったかと思う。立派な経営者になりたいと思い、ご指導をいただくことも多々あり、修正を繰り返してきたが、現在に至っても「悩み・苦しみ」は毎日波のように繰り返し、規則的にやってくる。心身がこの状況に慣れてきたのか?鈍感になっているのか?その両方なのかは定かではないが「こんなものだ」と考えられるようになった。

    人間としても、経営者としてもお恥ずかしい状況ではあるが、「継続」することはさせていただいた。

    与えられた「生・時間」を両手でしっかりと大切に扱っていきたい。

    また明日から続けさせていただけるために。

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  • 3分の1を終える。 2016.04.24更新

    幸ヶ谷祭りの参加を終えて、春も過ぎた。

    肉を焼いているだけだが、喜んでくれる人もあり、まだやれることはありそうだ。

    そう元気をもらう。

    申年も3分の1を迎える。

    夏へ向かうために、集中力を高める。

    昨年は、6月13日から、年末にかけて腸をわるくした。

    腸は武士の時代、精神のある場所と考えられていた。

    新渡戸稲造氏の武士道にあったかと思うが、腸をわるくすることは、精神、心もわるくすることだろう。

    今年は体調をコントロールしている。

    風邪、腹痛、胃腸も順調である。

    自律神経も正常に機能しているかと感じる。

    生活、食事を大幅に変えた。

    またの機会に詳しく話しますが、変わりたいなーから、やろうと精神が定まったわけです。

    これまで、変わりたいなーと考えて、あれこれやり方を想像する。

    ただこれまでは動いていなかった。

    やってみよう。

    から、やってみた。

    まで、1秒とかからない。

    この差により、健康を改善しようとする希望をみることができる。

    継続の中にある、また新たな希望になる始まり、腹、又は腸を決めて動いていくしかないだろう。

    ゆたかなビレッジに集まる、人の話しをよく聞き、腹を据えて受け、精神で考え行動しよう。

    ただ肉は美味い。

    何事も控え目が要ですが。 

     

  • 満足しているか? 2016.04.03更新

    満足しているか

    満足していないか

    自分自身の生活、現在の時を満足しているのか?

    よく考える。

    お仕事に於いて満足は無限の時を越えて無いと言える

    毎日が挑戦と失敗の繰り返し

    満足とは無限になる。

    しかし、小さき自身の生活は満足しないと苦しいものだ。

    ホントに、介護のお仕事を文句言わないで続けている会社の仲間、支援者がいる。

    聡明で正直な者に囲まれている。

    まずは人には満足している。

    あとは自分の心

    この小さき身体の中で満足していない。

    自身の有様に満足するということは、自身をよく見て、よく考えて、安定を図ること。

    満足は自分の生き様にあるかと思う。 

     

  • いい日を迎るために 2016.03.26更新

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    いい 正月を迎えて

    いい 春を迎えて

    いい 時期を迎えてみたい

    そう願うことで日々希望をもって過ごしている。

    いいと思えることが少ないからだ。

    この何年「いい」と思える日を過ごしていない。

    どちらかと言えば「ダメだな」そう思いながら、太陽の無くなる時間を安息の時として過ごしてきた。

    「いい」そう思える日を希望にして陽の輝ける時間は、とにかく言い訳をしない。

    そう決めている。

    さて「いい」そう思える日は来るのだろうか?

    不安になることもある。

    不安を減らすために、様々なチャレンジをする。

    「いい」そう思える兆しも見えるが、また新しい不安も見えてくる。

    日本でも、世界でも、みなさん「いい」そう思える人は少ないのだろうと思う。

    互いの人々が「いい」と思える日を迎えるためにやるしかないのだろう。

    何をやるか?

    近頃思う。

    自分の品性を訓練すること。

    これしかないようだ。

    他者が、他者に、ではない問題だ。

    自分の言動、行動だけだ。

    他者への思いを強く、自身の思いは軽く だろうか。

    品性を鍛えながら、歩いていけば「いい」そう思える日がくるだろう。

    他者にとってもいい日であることを強く願う。

     

  • この日に思うこと 2016.03.11更新

    5年の月日の経過は「もう5年経ったのか」

    または「まだ5年なのか」それぞれの人々の立場で思いは違うだろう。

    被災者、遺族、行方不明者家族にとっては、毎日が苦しみ、悲しみの連続であり「まだ5年なのか」だと

    お話しくださる方があった。

    私の5年は「もう5年」であった。

    日々の生活に震災の記憶は少ないことで、「もう5年かな」という思いになる。

    やはり他人事として、この5年を過ごしてきたのだろう。

    被災地には4度、足を運んだ。

    自身、その時、その場でやれる支援はやってみたが、また戻ると他人事になる。

    支援のカタチはいろいろとあるだろうし、それもいいと思う。

    ただ、私には現地へ行くことが支援だと強く感じている。

    また今年も行ってみようと思う。

    せめて一年のすべての時を、他人事にしないためにそうしよう。

    これは私が命が終えるまで継続する。

    それぐらい出来なければ、震災で亡くなられた方々に申し訳ない。

    そして遺族の方々に申し訳ない。

    そして自分が生きていることに申し訳ない。

    日々「生きる」ことに謙虚でなくてはならないと今日思う。

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  • 10打数1安打 2016.02.23更新

    世の尊敬する経営者さん、皆さんが言う。

    10のうち1つでも「ヒットすればいいですよね。」

    イチロー 選手の言葉としても10打数2安打、3安打です。「こんなに練習してもですよ。」

    いい結果を出すための確率、そして結果を嘆かないための励みとして、いつも心にとめている言葉である。

    自身、10のうちの1が出ない時も多々ある。

    「努力を継続しなさい」人生の師は口を揃える。

    前向きに、いい結果を想像して、行動するのみ。

    そう誰もがアドバイスをくださる。

    実際、前向きとは難しいことだ。

    私の場合、1日の中では、前向き2分程度、残りは後ろ向きである。

    ほとんどが後ろ向きだろう。

    これが、7年になる。

    ただ変更と進歩はあった。

    毎日、2分だが前向きになることにした。

    前向きと後ろ向きの共存を図る。

    一日1回は前向きになる。

    流行りの「ルーティーン」と言っていいだろう。

    前向きになる、キマリをつくった。

    後ろ向きの改善手段として、他者へ後ろ向きを言えるようにもした。

    「何言ってるの?」と言ってもらって安心する。

    この1安打の重圧は「40肩」となって重くのしかかっている。 笑

    できることは、日々継続して全力をもって歩いていくしかできないと考えている。

    ただの小さき人間であると思う。

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