2023/07/10 更新

ゆたかなビレッジ14周年 慰霊の旅 仙台

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7月1日 創業記念日 昨年からこの日を創業記念日と定めて全休日としました。皆さまもご承知の通り、昨年3月に脳梗塞を発症致しまして、ベッドでリハビリ室のベッドに横になって、これまでの生活を振り返りますと、何だか毎日のように目に見えないノルマを達成するがためだけに生きている。 これはもういい加減にして考えなくてはならない。半期のタイミングで、尚且つ創業記念日として休める日を決めて、退院と同時に横浜市へ申請して実施したという経緯になります。 昨年は愛知県安城市のデイサービス燦はっけん様へ突撃しました。デイサービスコラボを成し遂げて互いに切磋琢磨しています。 今年は各自でお休み、または学ぶ機会をということにしました。 わたしは恩師を訪ねて仙台へ行き、あるスタッフは東京九段下にある昭和館へ、昭和を生きたご利用者さんと共感を高める目的です。 わたしは恩師が難病の進行により、ベッド上の生活となり、障害者自立支援運動の先駆け、先進的な施設の事務長として働き、わたしも数々の失敗を温かく支えてくれて、退職後も創業したと聞いて、横浜まで車椅子で来てくれたこともあります。デイサービスも体感してくれました。ですから励ましに行かなくてはいけない、わたしの次回休業日には最優先で予定を立てました。当日は長男も連れて仙台市内の公営団地へ、世界を車椅子で旅行していましたから、しっかりわたしたちの予定、所要時間まで計算して事前に昼食のデリバリーも予約して、好みも聞いてくれて、言われた通りの場所へ駐車し、時間通り訪問いたします。相変わらずのリーダーシップで少し安心しました。ただ、ベッドから車椅子へ移乗する際に、上着の袖がベッドに引っかかって首が絞まる事件があった、そんな話もあり、施設に行くことは絶対に考えない人だろうと思いながらも、その質問をしましたが、やはり在宅生活を維持することを望んでいました。やはり、施設での人間らしさ、自分らしさの不自由さは体感しなくてはわからないですし、在宅生活の良さも施設に入ってみて初めてわかるようなことですから、さまざまな制度、人脈を使い生き生きと暮らしているのでしょう。とりあえずはよかった。 事務長さんとの会話する中で、私が務めていた障害者施設の入居者ご夫妻、ご主人は既に亡くなられたのですが、奥様が新しい施設へ転居されたと情報を得たものですが、石巻、大川小学校被災者、児童慰霊のまえに、会いに行ってみるかな、帰宅の時間も気になりますが、決行致しまして、奥様の顔、言葉を交わすことができました。「あなた相変わらずねー」そんな言葉をいただきまして、自身とは何か?そんな答えが出てくるような思いになり、自身を形作るものは、周囲の人からの影響、環境が大きく作用することを知ります。事務長さんからは、いつも力、助けを必要とする人に快く力を貸して助けることを学びましたし、入居者さんご夫妻からは人と関わる時、細かいことは気にするな。と教わりました。今流行りの、ジェンダーレス、ダイバーシティの走りだと思います。お二人ともゆたかな人間関係をたくさんの人たちと結び合い、また、わたしもそのネットワークの恩恵を授かっています。長い人生の時間旅行を信頼できる仲間たちと過ごすことが、本当のゆたかさなのでしょう。さて、この旅の最後は、石巻、大川小学校被災者、児童、の慰霊も大きな目的としていました。東日本大震災の傷は、震災後もずっと続いています。わたしも子供に恵まれて、同じく学校に通う子供たちの姿を想像して、なぜ被災しなくてはならないのか。たくさんの資料、証言を読みながら、大人たちがしっかりしないといけない。いざ災害が発生しても子供たちを直ぐに助ける知恵、術をもって緊張感もって生活するぞって、大川小学校被災者、児童さんに、あたまを下げてごめんなさいと、わたしが守れなくてごめんなさいと、そう伝えてきました。許してはもらえません。未来のある子供を犠牲にして許される訳はありません。わたしが死ぬまで一生背負っていきます。そんな言葉をかけて、慰霊訪問致しました。